最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)83号 判決 1978年5月26日
神戸市生田区西町三六番地
興銀ビル内
上告人
日下部同族合資会社
右代表者代表社員
日下部泰雄
右訴訟代理人弁護士
田島実
神戸市生田区中山手通三丁目二一番地
被上告人
神戸税務署長
西岡照雄
右指定代理人
奥原満雄
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五一年(行コ)第一八号行政処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五二年三月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人田島実の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本林譲 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊 裁判官 栗本一夫)
(昭和五二年(行ツ)第八三号 上告人 日下部同族合資会社)
上告代理人田島実の上告理由
原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。
一、原審が租税特別措置法第六五条の六乃至七に規定する法人の特定の資産の買換えの場合に特別勘定の設定を認めるのは買換予定資産が具体的に特定されていることを論理的前提としている旨判旨したことは誤りである。
原審判決はこの点につき全く何らの根拠を説示することなく上告人の主張を排斥するための三段論法の大前提としている。しかし右各法案の立法趣旨は必らずしも特別勘定の設定自体に買換え予定資産が具体的に特定していることを要求しているものではないのである。即ち、右各法条は要するに、法人の所有する土地、建物等の資産が一般にその帳簿価額が低額であることから、これらを時価で売却した場合に発生する固定資産売却益を法人の利益として課税の対象とすると、法人としては従前の資産状態を維持継続することができずに企業活動を縮少せざるを得ないのでこれを引当金勘定に繰入れて一定の条件のもとに買換資産を取得させることとしたものに過ぎないのである。右法条中に、買換資産の取得時期が従前の資産を譲渡した時期以前であつてもよいとする規定(第六五条の六第三項)が存するからと言つて、右みなし買換え資産の規定の適用される場合は別として、特別勘定の設定自体に買換え予定資産が具体的に特定していることが論理的前提になるものではないのである。従つて、原審が右の点を論拠として特別勘定設定期間の延長の制度も買換資産取得につき最終的意思決定ができない間の救済手段として置かれた制度とは到底解されないと判示したのは誤りである。
二、上告人も、特別勘定設定期間の延長の制度は、本来は買換え資産の取得につき最終的意思決定ができない間の救済手段として置かれた制度であるとは考えないのであるが、本件の場合は、最終的意思決定が遷延された原因は被上告人が違法な更正処分をしたためなのである。右のような場合は信義則を適用して上告人のなした本件特別勘定設定期間延長申請を認めるべきである。
右のように解釈しなければ、違法な更正処分がなされておきながらその更正処分が後に取消されても実質的に違法状態が回復しないという不合理な結果となつてしまうのである。
三、右の理を敷衍すると上告人が原審で主張したとおりであるが次に述べるとおりである。
税法上の優遇措置は、企業活動に指針を与え、種々な態様で経営計画に組み入れられ企業の意思決定に影響を与えるということは今日において公知の事実である。特に私人がある財産を購入する場合、税法上の優遇措置が受けられるから購入する。もし受けられないなら購入しないとの意思決定がなされることは少なくないのである。却つて、税法上の優遇措置の存在が前提となつて、何か財産を取得しようというような場合も多く見られるのである。
本件の場合、上告人は買換え資産のための特別勘定の設定が認められなければ税法上優遇措置が与えられないのであるから購入を見合わせたいと考えていたものである。
四、一般に私人に対し、行政庁の行政処分がなされた場合、たとえそれが取消される可能性があつたとしても、私人はそれを尊重し、所与のものとして従わざるを得ないし、私人のその後の行動が規制されるものである。
本件の場合、被上告人のなした上告人の昭和四五年度法人税についての更正処分は、右の意味で上告人の事業活動に重大な影響を与えたものである。上告人は真面目な納税者として、被上告人のなした更正処分を一方において争いつつもこれを尊重し権限ある行政庁によつて取消されるまで買換資産の取得を見合わしていたものである。
このように行政庁の判断を待つて、ある特定の事業活動をしようとする者にとつて、原審判決のごとく法第六五条の七第一項かつこ内の「やむを得ない事情」を物理的、技術的事情に限定すると、買換資産の取得は翌事業年度中(上告人の場合昭和四六年一月一日から同年一二月末日まで)でなければならないのであるから救済手段がなく結局は更正処分が取消されたことによつて享受できる利益が受けられない結果となる。
本件の場合、国税不服審判所長の裁決書は、買換資産を取得しなければ税法上の優遇措置を受けられない期限(昭和四六年一二月末日)の後である昭和四七年一月一三日に上告人に到達したのである。右の間、上告人にとつて、更正処分が取消されないかも知れないのであるから、税法上の優遇措置が与えられないのに融資を受けてまで買換資産を取得して利益が得られるかどうか検討しなければならないし、一応前記裁決を待ちたいと考えるのは無理からぬことであつた。
五、原審判決は、法第六五条の七第一項の「やむを得ない事情」及び施行令第三九条の六第八項にいう「その他これに準ずる事情」につき、買換資産そのものにかかる物理的、技術的障害に限定して解釈した場合、上告人の如く国税審判所長の裁決を待つて買換資産を取得したいと考えるものにとつてどのような救済手段があるのであろうか。
この場合、取り敢えず買換予定資産を銀行融資なりその他の資金繰りによつて購入しておけばよいという回答も考えられる。しかし、納税者にとつて、税法上の優遇措置が得られるかどうかわからない状態で、敢えて財産取得という重大な行為を後に優遇措置が与えられないかも知れない危険を犯してまでできないのであつて、右の経緯における救済手段として、特別勘定設定期間の延長承認申請がなされたものであつて、これは認められるべきである。
以上